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2011年10月

2011年10月31日 (月)

何故?体重が83Kgに!

変だ。73kgの体重をダイエットで65Kgにする目標だったのに、ふと体重計に乗ったら、83Kgになっている。多分、土浦は異常に重力が強くて、質量が減っているにも関わらず、重さは他の地域よりも重く表示されるのだと思います。

間違いなく、原因は恵まれた独身寮のお食事です。おかずが充実していて、ご飯も食べ放題なので、ケチな私はガンガン食べてしまうのです。今は仮の姿なので全く気になりませんが、このままでは大変なことになってしまうので、ご飯の量を最低限にすることにします。

お昼の会社の仕出し弁当も怪しいです。オカズだけお弁当箱に入っていて、ご飯はジャーから茶碗に盛り放題なので、ケチな私は大盛りで食べているような気がします(記憶がおぼろげですが、何だか相当食べている気がします)。一切、好き嫌いが無いのが悔やまれます。

運動は週末に膝や腰が痛くなる程、充分にしているので、食べる量を減らすしかありません。ただでさえ妻に距離を置かれているのに、体が巨大化したら、冷酷な妻は、それを理由に私を更に疎外することは明らかなので、自衛のために多少体を小さくしようと思います。軽く、11月末までに70Kgを目指したいと存じます。

でも、おかずを残すなんてバチがあたるから、ご飯を全く食べない位しか、体重爆発の防衛策は無いなぁ。お終い。

とてもスローな週末。

転勤・引っ越しに伴う環境の激変により、何もしたくない憂鬱な気分になるのは普通のことなので、私が先週・今週と、テニスと自転車以外は何もしなかったからと言って、何を恥じる必要があると言うのでしょうか。と言う訳で、30日(日)も昼前まで寝ていて、昼前から自転車に乗った以外、何もしませんでした。

私は、一つのことが気に入ると、嫌になるまで繰り返す、常習犯罪者のような癖があります。従って、今週も、日曜日はつくばリンリンロード往復80Kmを自転車で走りました。とっても疲れました。

この、気に入ったことを繰り返す癖は、私の妻に何時もけなされるポイントですが、アメリカの億万長者のハワードヒューズも同じことを繰り返す奇癖の持ち主だったそうです。デザートに、サーティワンのバナナチョコチップアイスクリームを食べるのが習慣で、側近は在庫を絶やさないことが最大の職務だったそうです。ある時、サーティワンがそのフレーバーを生産中止にしてしまい、側近はハワードの逆上を恐れて、注文生産でトラック数台分のバナナチョコチップアイスクリームを確保したそうです。ところが、その日になって突然、ハワードが「このアイスクリームは素晴らしいが、明日からはミントチョコにしよう。」と言って、側近は呆然としたそうです。この、ハワードヒューズの生涯を描いた本で、彼は単なる偏執狂の気分屋で、巨万の富は偶然の産物でしかないと断じられていますが、物事は見る角度で良くも悪くも判断されてしまう好例と言えましょう。と、偉そうなことを書きましたが、この本は私が小学生の時に読んだ本なので、随分間違っていると思います。偉そうなことを書いてご免なさい。私は、小学校の時が一番賢かったようです。

今週は自転車に乗っている間に、周囲を観察する余裕があったので、3つの点に気が付きました。

一つ目は、当地が石の産地だと言うことです。石を加工する工場が沢山ありますし、遠くから見ると、週末も山を崩して、石を原料にして、セメントを生産している工場も見えます。

二つ目は、当地は柿の生育にあった土質らしく、柿の木が沢山あることです。実際、当地は柿・梨・ブドウが特産品だそうです。

三つ目は、自転車が趣味の世界に、鼻つまみ者の偏屈オヤジが参入してきたことです。「お前は何だよ!」と言われると思いますが、私はずーっと前から自転車が趣味なので、文句を言われる筋合いはありません。つくばの自転車専用道路を走っていると、見るからに剣呑な顔をしたオヤジが、数十万円はしそうなロードレーサーに乗って、妙に派手な自転車ウェアを全身にまとって、颯爽と走っている姿を目にします。バランスが悪くて、気持ちが悪いと思います。私も25年くらい前にはそんな恥かしいことをしていましたが、50歳間近の今は、年相応にダサい服を着て、丈夫な2万円のマウンテンバイクに乗っています。年相応に控えめな身振舞いは必要だと思います。

客観的に見ると、自転車は独りで楽しめる世界なので、偏屈者が吹き溜まりのように集まってくる世界なのだと思います。佐賀で、若造の産業医に、私が自転車やテニスや水泳が趣味だと言ったら「あぁ、全部独りで楽しめるスポーツですね。」と言われたことを思い出します。この産業医は無責任で低能なクズ野郎で、私は佐賀勤務の最後の頃は、怒りを押し殺すのに苦労しました。

一寸文面が乱れました。独身寮で夕食が出るお蔭で、佐賀時代と比べて、土浦での食の開拓が乏しいのは悲しいことです。家計の出費が増えるのは覚悟で、夕食は外食を始めようと思います。だって、住んでいる地域のことが一番良く判るのは、食を通じてだもんね。

2011年10月29日 (土)

土浦はB級風俗が楽しく、B級グルメが美味しい街。

今週は2回、飲み会がありました。

26日(水)は5人程度で、居酒屋→キャバクラ→ラーメンでフィニッシュと言う、将に昭和の世代のルートを辿りました。ここで面白かったのはキャバクラで、土浦駅のバスターミナル側には、小規模の風俗店・キャバクラが物凄い軒数あることが判りました。「良心的な紹介所」みたいなものまであって、そこで店の説明をしている女性が小柄で可愛らしかったです。

結果的に、比較的にお安いキャバクラに行きました。女性は、ピチピチではなくて多少旬を過ぎた感じの方や、昼間は別の仕事をしている感じの方が多くて、まあ、キャバクラ界の「2軍キャンプ」と言う感じでした。私は、女性の体臭を調査していことを説明して、全ての女性の腋の下の臭いか嗅がせて貰いました。土浦の女性は、全く体臭が無いと言う結論になりました。さすがに2軍なので、そんなに嫌がらずに腋の下の臭いを嗅がせてくれることに、好感を持ちました。

私は単なる酔っ払い親父と化しており、コンパニオンの女性の背中を片っ端からマッサージして「お前は生活が不規則だ。背中が鉄板みたいに凝っている」と説教していましたが、これは明らかに説教する相手を間違っていると言えましょう。

28日(金)は、会社を定年退職して、そのまま定年延長で勤務することが決まった工場長への感謝の会でした。とても良い雰囲気で、和気あいあいとしておりました。2次会はフィリピンパブに行く人と、豚ホルモンに行く人に別れました。私は当然、豚ホルモンに行きました。

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「あかのれん」と言うお店です。煙で店内の視界が悪いですが、豚のホルモン・焼肉は滋味があって大変結構でした。当地が昔から養豚業が盛んだったこととこの味は関係あると思います。噛みしめて美味しい、体が元気になるような硬質のお肉でした。私は生ビールとホッピーを沢山飲んで、同僚の皆さんと熱心に仕事の話をしてしまいました。

翌日土曜日は二日酔いだったので、午後まで寝ています。夜はT1テニススクールのレッスンに参加する予定です。あぁ楽しい1週間だった。

話は突然飛躍しますが、髪型を変えました。GIカットではありますが、サイドと後ろを完全に剃りあげることにしました。頭の上だけに髪の毛がチョコっと乗っています。私は気に入っていますが、世間が受け入れてくれる髪型かどうかは不明です。お終い。

2011年10月25日 (火)

企業の独身寮は老人ホームに似ていると気が付きました。

本日25日(火)はお腹の調子が悪くて、何だか風邪っぽいので早く寝ます。

因みに表題は、個室にユニットバスが付いており、朝食・夕食が注文出来る、企業の独身寮と言う制度についてです。先週から、20年ぶり位の久しぶりで、土浦にある独身寮に住んでいます。何だかとても心が休まるので何でかしらと考えて、表題の結論に達しました。

私の終の住処が独身寮だとしたら、とても潔くて身ぎれいだと思います。或いは、西欧の刑務所の開放棟にも似てるかしら。もう眠いのでお終い。

2011年10月23日 (日)

つくばのリンリンロード往復80Kmを自転車でお散歩。

23日(日)は何とか天気が持ちそうだったので、10時に寮を自転車で出発して、「つくばリンリンロード」を走りました。常磐線の土浦から水戸線の岩瀬まで続く、片道40Kmの自転車専用道路です。1987年までJRのローカル線が走っていた線路跡を、自転車専用道路にしたものです。元の駅の跡が休憩所になっていて、中々快適です。

私は取り敢えずゴールまで行くのが好きなので、ひたすら岩瀬駅を目指して40Kmを自転車で走り続けました。途中から、ゴールで食べるラーメンのことばかり考えていました。しかし辿り着いた岩瀬駅は、単線のローカル駅で、駅の周辺には何もありませんでした。でも、何か食べないと足がつってしまうので、唯一見つけたセブンイレブンでサンドイッチとスポーツドリンクを買って、食べてからじっくりお休みしました。帰路は気軽にゆっくりと走って来ましたが、さすがに往復80Kmなので、最後の方は相当に疲れて足がつりそうでした。土浦の街に入ってから、吉野家で牛鍋丼とコールスローを食べて、昼食兼夕食にしました。

佐賀同様に当地の地形は真っ平らなので、自転車で走るには快適でした。次回は、途中で横に外れて、筑波山を極めたいと思います。

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今日は疲れてしまったのでこれでお終い。

つくばのT1テニススクール 末満コーチのレッスンには見るものあり。

私も50歳間近の中高年なので、ここに来て転勤の疲れが出た模様です。22日(土)はほぼ一日中寝続けて、夜20:50から表題のつくばのT1テニススクールに参加しました。

初めて、同スクール経営者の末満コーチのレッスンを受けました。生徒8人で、コーチは末満コーチプラス若者でした。このスクールは、基本ポリシーとして「生徒に出来る限り球を打たせる」ことを目的にしているようで(首都圏では、生徒はストレス解消・運動不足解消の目的でスクール参加することが多いので、このポリシーは理解出来ます)、アドバイス無しで兎に角、球を沢山打ちます。でも、末満コーチのレッスンは、それなりに工夫があるので、役に立つように思います。但し、アドバイスはしてくれないので、自分で「他人のふり見て自分を直す」ような、向上心が無いと、テニス技術向上の役には立ちません。

こうした欠点はあるものの、メニューにそれなりに工夫があるので、気に入りました。今後は、末満コーチのクラスを重点的に受講することにしました。

明日は午後から晴れるようなので、午後は自転車に乗りたいと思います。

そう言えば、佐賀からの自動車での移動の3日間で、一番厳しかったのは初日でした。山口・広島・岡山と言う3県が横にビローンと長いのと、高速が山の中を通っているので、景色に変わり映えがしないのと、何時までの同じ県が終わらないので、イライラしてきたのです。暗くなったので、初日は岡山駅前の東横インに泊まったのですが、岡山の街は道路が帰宅渋滞で、佐賀の全く渋滞の無い環境に慣れきっていた私にとって、印象は最悪でした。夜、特に食べたいものも無かったので、コンビニでサンドイッチとオニギリを買って食べました。

翌日は、岡山から山梨まで移動しました。東横インの朝食の記憶がありません。食べた筈なのですが、あまり印象に残らなかったものと推察されます。昼食は、京都近くのサービスエリアで、ホッケ定食を食べました。肉厚で美味しかったです。ホッケは京都に限る、と言うことですね。岡山から山梨までの移動は全く楽ちんでした。多分、景色や運転条件にバライエティがあったから飽きなかったのだと思います。

途中で、山梨で去年まで働いていた時の同僚に電話して、夜、一緒に酒を飲むことにしました。泊まったのは韮崎のルートインです。このホテルは裏側が切り立った崖で、風水的には最悪の立地だと思います。

元同僚と韮崎駅の近くで飲みました。刺身が売りものの店だったようですが、佐賀から来た私には、刺身一品に1,000円払うのはバカバカしいし、佐賀の近海物の新鮮さを覚えている私には、「山梨県」で刺身を食べる気分は100%無かったので、専ら焼き鳥とかサラダとかタマゴ焼きなんかの無難なものを食べました。でも、随分飲んで食べたので、二人で1万円強、掛かりました。

韮崎のルートインは朝食付きだったのですが、朝食の時にお客さんを観察すると、皆さん、黒っぽい服の不細工な人ばかりで、このホテルの風水の悪さを証明していると思いました。因みに、朝食は平均点でした。

16日(日)は山梨から土浦まで移動したのですが、これが結構時間が掛かって、4時間程度で土浦に到着しました。土浦の街を車で走った第一印象は、佐賀と違って、オットリと運転する人が殆どおらず、みんなイライラしながら運転しているようにガサツな車の動きをします。何だか精神的なゆとりが感じられず、印象は悪かったです。

従来、転勤で新しい土地に住み始める時は、その土地を理解しようとして、飲食店や観光地を精力的に回るのですが、今回の土浦では、どうせ仮住まいだし、単なる首都圏のベットタウンだし、と言う意識があるので、あまり気力が湧いてきません。加えて、会社の独身寮に住んでいるので朝食・夕食は注文すると寮で食べられますし(安くて量も多い)、昼食は会社で仕出し弁当が食べられます。あまり飲食店を開拓する必要性に迫られても居ないので、更に出不精になってしまいます。以上の事情により、当地ではあまり地域研究に身が入らないことになりそうです。お終い。

2011年10月21日 (金)

つくばのT1テニススクールで身に付いたこと。忘備録。

佐賀市のジョイパークテニススクールの酒井コーチのレッスンとは較べるのも愚かですが、つくばのT1テニススクールのレッスンで身に付くことも多少はあります。将来、私がテニスを人に教えるようになった時に備えて、メモを残します(譫言ですので無視して下さい)。

①サービスの時は、体の後ろでラケットヘッドを下げてからボールを打ち上げるが、その下げる時にもスピードをつけること。そうすると、打ち上げる時も作用反作用のような効果が出て、自然とラケットヘッドのスピードが増す。

②ボレーの時には、体が前に飛びだしてミスをする人が大多数。前に飛びだすのはラケットだけで、体と目はラケットの後ろで、こちらに向かってくる球を最後まで見届けること(打った後の球は見送る必要なし)。

③ストロークは、体幹が崩れた状態で力んで打つ素人が大多数。強欲でとても見苦しいので、体幹を維持した上で、無理のないフォームで打つことに全神経を集中して、力を抜いてフォームを作りながらラケットを球にミートさせること。

突然に話は飛躍しますが、私の嗅覚を研ぎ澄ませた今日までの調査によると、痩せて色白で体温が低めの女性の流す汗は、濃くて臭いが強いように思います。恐らく、普段からあまり汗を流さないので、たまに流す汗はクサいのではないでしょうか。テニススクールで、色白でキレイな女性の側で、ケダモノのようで耐え難い汗の臭いを嗅ぐと「やめられませんなぁ」と言う喜びを感じます(変態)。

本日21日(金)は、帰宅途中で温泉(湯楽の里 土浦店)に寄って、1,000円床屋でG1カットにして貰いました。担当のオバサンが、私の話に大笑いしてくれたので、嬉しかったです。私は、下らない話で笑ってくれる人が居ると、とても幸せに感じます。何時も真面目な顔をしている融通の利かない人や、仕事の話を妙に熱心に語り続ける人は苦手です。私は根本的に不真面目なのだと思います。

22日23日の週末は両日共に雨のようです。土浦市を自転車で走り回りたいのですが、雨では仕方がないので、T1テニススクールのレッスン・つくば市の市営室内プール・温泉なんかでダラダラと過ごそうと思います。お終い。

2011年10月20日 (木)

土浦のテニススクールを検分。

私の勤めている会社には、筑波に先端技術の研究所があります(私の今の業務応援先とは違う場所にあります)。今から20年前まで、その分野の研究所は川崎にあったのですが、川崎の研究所は閉鎖されて、四日市と筑波にそれぞれ研究内容に応じて振り分けがなされました。

独身の頃、私は会社の東京本社に勤めていたのですが、川崎の研究所管轄の、横浜市青葉台にあった独身寮に住んでいて、従って、川崎の研究所が近いので、そこにあったテニスコートで週末によくテニスをしておりました。

その頃、川崎の研究所に勤めていた同じ会社の友人(女性)が筑波の研究所に勤務していて、テニスが趣味なので、20年ぶりに彼女にコンタクトして、この地域で良いテニススクールとして筑波の「T1テニススクール」を紹介されました。

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体験レッスンを受けてみたのですが、酒井コーチの魂がこもっている、佐賀市のジョイパークテニススクールのレッスン内容と比較すると悲しくなってしまう、アルバイトの若造が筋書き通りの球出しをするだけの、実に希薄な内容のテニススクールです。

然しながら、テニスが趣味の私は、テニスをしたくて仕方がないので、言わば麻薬中毒患者のようなものです。「純度が低くても良いから、兎に角、ヤクをくれぇー。」と言う気分なので、藁にもすがる気分で、入会してしまいました。将に、金をドブに捨てるようなものと言えましょう。でも、関東地方のサービス業は、この程度のサービス水準が普通であったような記憶もあるので(青葉台に住んでいた頃のテニススクールは、大抵、こんなレベルでした)、九州が実に恵まれた環境であったことを改めて思い出して、涙にくれました(ウソ)。

私の住んでいる独身寮は土浦市にあり、既にレポートした通り殺伐とした街なのですが、このスクールのあるつくば市も、バブルがはじけた地方都市(=付加価値が暴落してタダの田舎になった衛星都市)の空気が漂っています。まあ、日本は人口が激減している国なので、当然と言えば当然ですが、その恐ろしさ(一部の地域を除いて、日本の大部分は田舎に逆戻りして、加速度的に荒んでいくということ)を自覚していない人々が多すぎるように思います。

特に、なまじ開発された後で廃れたエリアは、言わばスラムになるので、今後の日本社会では、犯罪の発生率を低く抑え込むために、警察のプレゼンス顕在化が不可欠になると予想します。

私の悪い予想は必ず的中するので、この辺でお終い。

2011年10月18日 (火)

職場環境の激変。

土浦の会社に勤務して二日目が終わりました。佐賀での就業環境とのあまりの違いに、多少ショックを受けています。

進行中のプロジェクトのリーダーはオランダ人、日本人のコンサルタントが二人という構成で、打ち合わせは全て英語です。このオランダ人が、エンジニアの修士を出てビジネススクールも出た典型的なコンサルタントの若者で、化学の製造現場のことは何一つ知らず、且つ知ろうともせずに、経営分析のツールでデータを分析して「これは不合理だ。改善すべきだ。」と攻め立てて来ます。

私は売られたケンカは買う方なので(売られなくても買うことがありますが)、オランダ人に「お前は自分の分析ツールが、当社の生産性を表面的にしか捉えていないリスクがないと自信があるのか?」と議論を吹っかけて、30分ほど色々なケースを議論しました。格好のカモが来たとばかりに、オランダ人は盛んに自己の正当性を主張しましたが、結論的には、私は提示されたデータが捉えた当社の製造現場の実態を見ていないので、回答は保留しました。でも、「沈黙が金」の日本人とは異なり、問題提起を拒絶しないこの若者の態度に、私は好感を持ちました。

でも、佐賀の勤務とのあまりの環境変化に、多少疲れ気味です。今頃になって、週末移動の腰の疲れが出てきたのですが、良い整骨院がどこにあるか判らないので、取り敢えず湿布薬を貼っています。

そう言えば、昨晩、同じ独身寮に単身赴任で住んでいる、10年以上前に同じ職場で働いていた同僚が私の部屋を酒とツマミを持って訪ねて来ました。ウダウダと2時間位酒を飲みました。結婚前に、横浜にあった会社の独身寮でウダウダと同期社員と酒を飲んでいた頃を思い出して、面白かったです。あれから20年以上も経ったんだなぁと感慨を覚えました。

この同僚に、土浦の裏道を教えて貰ったので、今日の会社との往復は裏道を爆走しました。渋滞はゼロですが、それでも通勤には片道30分も掛かります。どこの道も広くてキレイでガラガラだった、のどかな佐賀が懐かしいです。

今日も疲れてしまったので早く寝ます。お休みなさい。

2011年10月17日 (月)

土浦の会社に出社。

土浦の雰囲気を一言で言うと、中途半端に発展しかけた地方都市という印象で、品のないヤンキーが多数生息している模様です。又、朝夕の自動車の混雑は酷いもので、空気はダンプトラックの嫌な排気ガスの臭いがします。どうも世知辛くて余裕のない、都市近郊のガサツな田舎町と言う印象で、あまり好きになれそうな地域ではありません。呑気な佐賀が懐かしいです。

本日17日(月)は土浦の会社に初出社しました。会社では、いきなりプロジェクトの進め方に関する欧州人との1対1のMtgが2時間続き、久しぶりに英語を話したので、とても疲れました。でも、英語以前に、Mtgの対象となっている事業内容が良く判らなかったことが一番辛かったです。全く、こっちは佐賀から着いたばかりなんだから、もう少し手加減して貰いたいものです。

私はとっても疲れてしまったので、もう寝ます。ジプシー生活はそろそろ終わりにしたいです。お休みなさい。

2011年10月16日 (日)

土浦に到着。

佐賀県佐賀市から茨城県土浦市まで、約1,350Kmを三日がかりで、ダイハツムーブで、全く何のトラブルもなく、移動完了しました。日本の自動車産業の優秀さには、心から敬意を表します。同じ日本人であることを誇りに思います。

日本縦断の感想を一言でいうと「自転車より楽」です。自転車を6時間も乗っていると、肩から腰にかけてバリバリにこってしまいますが、自動車は特に力む必要もないので、神経的には疲れますが、体への負担は大したことはありませんでした。但し、2時間も運転すると集中力が無くなるし、矢張り腰の辺が重たく感じて来るので、頻繁にサービスエリアに寄って、入念にストレッチをしました。見たところ、サービスエリアで熱心にストレッチをやっているのは私だけだったので、多分、変な人と見られていたと思います。

途中、岡山駅前と山梨の韮崎近くに2泊しました。途中で色んな感想がありましたが、今日は疲れてしまったので、3点だけご報告します。後日、整理してご報告します。

①関西付近のサービスエリアの男性トイレには「女性は入らないで下さい。」と張り紙がしてありました(女性トイレ側には張り紙無し)。関西のおばはんは、男性トイレにも遠慮なく侵入してくるものと推察されます。

②佐賀から茨城まで、途中の全てのサービスエリアで、それぞれの「ご当地ラーメン」がありました。全ての地域で、独自性を自己主張するラーメンがあるというのは、物凄いことだと思いました。この生活におけるリアリティの健全さと言う点で、日本も見捨てたものではないと思います。

③土浦に到着して、独身寮に着く前に、昼時だったのでラーメンを食べました。久しぶりに、関東のぶっとくて真っ黄色でゴムみたいに歯応えがあって腹に応える(食感が重い)ラーメンを食べて、意外にもホッとしました。情けないことに「あぁ懐かしい。」と思いました。あれだけ佐賀の豚骨ラーメンにお世話になって美味しい美味しいと喜んでいた癖に、私には関東人の血が流れているようです。私の感性も所詮は生まれから抜け出せないのだな、畜生と一緒だなと思いました。

土浦ラーメン - 料理写真:ゴマ味噌ラーメン

私の2ヶ月間の仮住まいとなる独身寮は、土浦駅近くで、お隣がヨットハーバーです。山梨・佐賀と異なる地域を楽しんだ上にヨットハーバーの横の住まいとは、私はとても恵まれた生活を謳歌しているように感じます。私の人生には、ここらで爆弾のような罰が下るような気がします。お終い。

2011年10月13日 (木)

佐賀の最後の晩餐

今日はフレックスで早めに会社を退社しました。最後の勤務日だったので、皆さんにお別れを申し上げて、何故か花束を頂戴して退社しました。この花束は、有難いのですが、明日、筑波に向けて旅立つ私にとっては、多少扱いに困ります。

明日の9:00に引っ越し業者が来るので、今日こそは引っ越しの荷造りを完成しなければなりません。私の勤務している会社が、社員の転勤の手配を外注し始めたのですが、その外注先が又下請けに出して、更にそこが孫請けに出して、と言う手抜きがまかり通っており、明日の荷物搬出の時刻について、3つの会社から全然違う時間を連絡してくるのでイライラしました。こう言った現地作業の粗雑さは、アメリカで嫌と言うほど経験したので「日本もアメリカ化が進んで来たなぁ。近い将来には日本でもアメリカ同様に、何でも喧嘩腰で交渉しないと物事が進展しない、嫌な社会になるんだろうなぁ。」と感慨を覚えました。

頑張って荷物を箱に詰め込んだので、意外と早く終わりました。転勤前なので、床屋さんへ行って、又GIカットにしました。中々このヘアスタイルが気に入っています(メンテナンスが要らなくて一番好きなのはスキンヘッドですが)。床屋さんの後、スーパーモリナガで夕食を買い込みました。佐賀での最後の晩餐です。

佐賀でもっとも有名な「スーパーモリナガの280円弁当」で、サバの塩焼きをおかずに選びました。もう一品、お総菜で鶏のから揚げ(これも佐賀が誇る美味です)を買いました。サバは肉厚で、塩味と独特の臭みのバランスが絶妙で且つ脂っこくて、ご飯が足りなくなる程のボリュームでした。鶏のから揚げは「これで本当に220円か!」と驚くボリュームで、若い娘の太腿のようにピンクでプリプリした魅惑のお肉でした。

昨晩良く眠れなかったので、一寸お昼寝をしてから針治療に行きました。本当は最後の晩にジョイパークのレッスンを受けたかったのですが、そこそこ生徒さんが集まっているようなのでご遠慮しました。酒井コーチには、電話で丁寧にお礼を申し上げました。

針治療は、佐賀ぽかぽか温泉隣りの「くすの木」です。ここのマッサージはまあまあで大したことはありませんが、針治療は秀逸です。針治療を受けた肩は随分と楽になりました。一方、マッサージだけの腰は、先週末の自転車の疲れが残っていて、硬く固まった状態なので、明日からの長距離ドライブが多少心配です。2時間運転したら、サービスエリアでストレッチを必ず行う所存です。明日14日(金)は昼頃出発なので、日没前に神戸近くまで辿り着けたら良いなぁと思っています。

では、今日はハルシオンを飲んで早く寝ます。

左様なら、佐賀の体臭の強い女性の皆さん。私は皆さんの側に何気なく近付いて、体臭を嗅ぎ分けるのが好きでした。女性の側で鼻を動かす自分のことを「故郷の訛りを聞きに駅に出掛ける、石川啄木みたいだな」と思っていました(相当違う)。多分、ご自宅の料理に使う醤油と出汁、およびお昼等に食べる佐賀独特の骨髄までエキスの出た豚骨ラーメンが、佐賀の女性の皆さん独特の体臭の決め手だと思います。

「九州の女性は情熱的だから気を付けてね」なんて関東で言われましたが、残念ながらそのような女性には巡り会えませんでした(根拠なく自信たっぷりで、勝気で性格の劣悪な、不細工な馬鹿女は見かけました)。情熱的ではないけれど、コンテクストの豊富な、お話して面白いう女性にも何人かお会いしました。まあ、悪い女性、良い女性両方居たと言うことで、私個人としては、残念ながら色事とは無縁の佐賀生活でありました。

総括して、佐賀で出会った若者を思い浮かべると、女性は佐賀の地元で就職するケースが多いのに対して、男性で広く社会で活躍したいと考える者は首都圏等の九州外に出て行くので、相対的に、若い男性より若い女性の方が、シッカリしていて優秀な者が多いように感じました。以上、佐賀の感想お終い。美味しい佐賀、さようなら。

佐賀市のジョイパークテニススクールは世界一優れたテニススクールです。

佐賀に別れを惜しむために、ジョイパークのテニススクールに出来る限り参加したいと思います。本日12日(水)のナイターレッスンにも参加しました。

本日の習得ポイントは「ボレーでもスマッシュでも、一歩下がって踏み込んで打つ、余裕が必要。足の微調整を怠ると、体が棒立ちになって不様なミスショットを打つことになる。」と言うことです。当然と言えば当然ですが、何事も、身体的にも精神的にも余裕を以て対処することが必須と言うことです。

私にとってテニスレッスンは精神修養です。多くの「学び」を与えてくれたジョイパークの酒井コーチには感謝の言葉もありません。本日、お礼にお酒を差し上げました(貰い物ですが)。酒井コーチには、佐賀の地で、引き続き素晴らしいレッスンを続けて頂きたいと存じます。私の佐賀での思い出が奥行深いものになったのは、ひとえにジョイパークのお蔭です。

先週末、ジョイパークの皆さんに送別会を開いて頂き、図らずも「他人の好意」に感動しました。私は今までの人生で、私の性格の至らなさと偏狭な猜疑心が災いして、他人の好意を感じる機会が殆ど無かったのですが(全く安っぽい太宰治みたいで気色悪いです)、今回の転勤に際して、ジョイパークの皆さんの好意を感じて、感動しました。ジョイパーク万歳。佐賀県万歳。と言う気分です。

明日は佐賀の会社の最後の出社日です。昨年の6月には山梨で同様のお別れがありました。私は実は涙もろいので、泣かないように注意したいと思います(佐賀の会社に関して、実は私が泣く要素はありません。佐賀の会社に対して、私は冷めた感覚を持っています。その理由は省略しますが、良い話ではありません)。こんな他人を敵に回すようなことを有体に言ったり行動に示してしまうのが、私が一ヶ所で長年勤務することが出来ない原因だと思います(原罪みたいなものです)。

佐賀で静かに過ごす夜も今日が最後なので、心静かに芋焼酎を飲んで、佐賀の秋の夜の、金木犀の香りの混じった夜風を楽しんでおります。引っ越しの準備が面倒臭いから、今夜、突然死しても構わないなぁなんて思っております。だって私が突然死しても、誰も困らないもんね。お終い。

2011年10月12日 (水)

地域社会の理解には、丈夫な胃袋が必要と言うお話。

14日(金)には、荷物を払い出した後、筑波目指して旅立つ予定です。九州の地に足を踏み入れるのは小学校4年生以来でしたので、常識的に考えて、私は生きている間に九州に来ることは二度とありません。

従って、終生思い残すことの無いように佐賀を満喫しないと、私は死ぬに死ねないと言う苦しみを味わう恐れがあります。

こんな屁理屈を並べている暇はありません。今の私に求められていることは、佐賀の美味しいものを食べ尽くすことです。終業後、鯛の刺身・カンパチの刺身・イサキの刺身等をスーパーで買い求め、あまかたれ(濃口で甘い醤油)で頂いております。関東では出会えない新鮮さで、実に美味です。鶏のから揚げも避けて通れません。噛みしめて弾力のあるジューシーな鶏肉は、当地でしか味わえないので、これも毎晩食べる必要があります。芋焼酎とダイエットペプシがこれらの美味を盛り立てるのは言うまでもありません。又、安くて美味しいフランソワのシュークリーム、ハンバーガーともお別れですので、心置きなく食べ尽くす必要があります。安くて美味しいお総菜の数々も、私への別れを惜しんで、スーパーのお総菜コーナーで、私に熱烈な電波を送って来ます。お総菜からの強烈な電波は、スーパーのお総菜コーナーで私をフラフラにします。

一寸精神的に不安定になって文章が乱れました。兎に角、佐賀の美味しいものを食べ尽くす必要があるので、毎晩、スーパーで買い込んだ沢山の食材を、アパートで沢山食べています。全く、好き嫌いが一切無くて、全ての食べ物を美味しく頂けると言う体質にも困ったものです。

全く以て、脂の乗った近海物の白身魚の新鮮なお刺身とあまかたれ(濃口で甘い醤油)の取り合わせは、将に九州でしか味わえない美味です。関東は「マグロが兎に角偉い!」と言う単細胞の文化ですので、当地の近海物のお刺身の美味しさには驚愕しました。

スーパーモリナガの240円弁当も感動を呼び起こします。山梨のスーパーヤマトのお弁当も安かったですが、オカズのバラエティが豊富で、食べて実に美味しい、スーパーモリナガの240円弁当の圧勝です。他人に迷惑を掛けずに、静かに食べて寝て歩く、と言う静かなリタイヤ生活を送るようになったら、九州で独りで生活したいと存じます。平日の昼間、スーパーのお刺身売り場やお総菜売り場でウロウロと迷っている老人を見ると、10年後の自分の姿を見るようで、原罪を感じます。私は食いしん坊で自己中心的で、安っぽい谷崎潤一郎みたいだなぁ(悪い所だけ似ている)と思って、表題を掲げました。

全然関係ありませんが、佐賀を去る私に別れを惜しんでくれる魅力的な女性が何人も居ることが判明しました(手遅れですが)。私を不細工なダメ人間扱いする妻には、猛省を促したいと存じます。お終い。

2011年10月11日 (火)

佐賀での最後の休日。

10日(月)は佐賀で過ごす最後の休日です。10:00に自転車で出発して、高木瀬→昇開橋→佐賀空港→多布施川→嘉瀬川→小城公園→牛久駅→森林公園→高木瀬の何時ものコースを走りました。6時間コースでした。途中で、本庄のブラックピッグでラーメン(卵入り)を食べました。

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豚骨ラーメンは、生卵を入れると、味がマイルドになります。しかし、豚骨のメリハリを楽しみたい場合には邪魔になります。乱暴な言い方をすると、そのお店の味が気に入らなくて、味を誤魔化して何とか食べ切りたい時に、卵を入れると効果的です。従ってブラックピッグのラーメンに生卵は蛇足だと思いますが、今日は味のバラエティを確かめたくて、卵入りを注文しました。それはそれとして、多少、豚骨のシツコサがレベルダウンした(スープが薄くなった)ように感じました。

アパートに帰宅したら、もう疲れてなにもする気が無くなっていたので、白身魚の刺身をモリナガで買ってきて食べて、今日はもうお終いです。

2011年10月 9日 (日)

結婚が決まったF君ご夫婦と梅の花で会食

本日9日(月)は、前夜の疲れで、目が覚めたのは朝10:00時頃でした。F君ご夫婦との会食は1:30からの予定だったので、軽く2時間コースの自転車トレーニングをしようと思い、高木瀬→多布施川沿い→嘉瀬川沿い→小城公園→高木瀬のコースを、ゆっくり走りました。今日はTシャツで自転車に乗って走ると、汗と風の塩梅が丁度良い位の温度でした。将に過ごしやすい気候と言えましょう。

1:30に梅の花(豆腐料理レストラン)でF君ご夫婦とRさんにお会いしました。F君の奥さんになるNさんは、多少疲れた感じでしたが、前回同様にハキハキとしていて、会話がとても楽しい女性でした。F君は、Nさんと一緒にいると、とてもマトモそうでした。お食事は、豆腐・湯葉尽しの楽しいヘルシーメニューで、私が独りで訪れる可能性ゼロの分野の高級料理店ですので、良い経験になりました。昨晩がへヴィーな明月館肉上手の焼肉だったので、バランスがとれて大変結構でした。

梅の花 - 料理写真:

梅の花 - 料理写真:

梅の花 - 料理写真:

手土産まで頂いてしまい、恐縮しました。私は例によって、お別れの際、Nさんをハグしました。お別れの際に女性にハグをするのは、気持ちが良いし、嫌がられることも無いので、楽しいものです(本当の気持ちは知りませんけれど)。

帰宅後、夏の季節が終わったエアコンをアルコールスプレーで洗浄して、本を読みながら芋焼酎を召し上がって、今日はお終いです。とても大人の雰囲気の一日だったな、と思いました。

佐賀市ジョイパークテニススクール、きのやのトンカツ、ベスト電器でドコモモバイルUSB購入、自転車、明月館肉上手、カラオケの8日(土)

もうタイトルだけで記事は要らないかも知れません(内容は容易に想像出来ます)。8日(土)は佐賀での最後の週末です。朝はジョイパークテニススクールのレッスンに参加しました。本日の学習ポイントは「スライスで鋭角に弱く、又はスライスでセンターに強くコンパクトなストロークで返球する際、最も注意すべきポイントは2歩目(左足)のインパクト直後の踏み込みであり、これを怠ると手先で球をコネテ打つことになってしまう。又、集中すべきはラケットと右半身であり、左半身の体の捌きは自然に任せて行なうべし。左半身の体の捌きに注意をはらうと、体の動きがぎこちなくなってしまう。」と言うものです。

きのやにお別れするために、昼食はきのやでトンカツです。何時もながら美味なロースかつ定食でした。キャベツもお代わりしましたが、実に新鮮で、サウザンアイランドドレッシングをかけたキャベツとトンカツとご飯を一緒にほお張ると、将に至福の一時でした。

Kinoya

2ヶ月ほどの私の住処となる土浦の独身寮ではインターネット回線が無いそうなので、モバイル用のデータカードを買いに行きました。受信状態が心配だったので無難にNTTDocomoにして、面倒なのでセットアップも頼んでしまいました。従来のYahooのADSLと全く遜色ないスピートなので満足です。

午後は、自転車で自宅と佐賀空港を往復しました。2.5時間のトレーニングです。見慣れた景色を目に焼き付けるようにしてゆっくり走りました。

夜は20:00から、佐賀市ジョイパークテニススクールの生徒の皆さんと酒井コーチとご一緒に、明月館肉上手で最高級の肉を食べる会に参加しました。将に、生まれてから一番美味しい焼肉でした。生きていて良かったです。全ての肉がマシュマロのように柔らかくて、口の中で旨みと一緒に淡雪のように溶けて行く、夢のような食感でした。最近は中々食べられないユッケも出ましたが、味付けも絶妙で、体に力がみなぎるようでした。最後なので、私は知っている限りの下ネタを披露して、皆様にお喜び頂いたのでとても嬉しかったです。Mちゃんは私の第二夫人になることを快諾してくれました(違ったかもしれません)。

2次会でカラオケボックスに行き、私は80年代の歌を何曲も歌い、踊りも披露しました。生徒のY先生(お医者さん)がとても声量があり、上手でした。酒井コーチも、ヤンキーな歌が声質に合っていて、上手でした。Mちゃんは色々なジャンルの歌を歌い分けていて、良く遊んでいる娘だなぁという感じでした。

2:00近くにお開きになりましたが、私は肉上手もカラオケもお代を払わせて頂けませんでした。大変に恐縮しました。お別れのときに、第二夫人のMちゃんをハグして「Mちゃんは美人だと思うよ。」と本心をお伝えしました。

とっても充実した土曜日でした。お終い。

2011年10月 8日 (土)

今更遅い、でもそれが1年3ヶ月の実態を現している、と言うお話。

7日(金)夜は、会社の係長以上の皆さんに、私の送別会を開いて頂きました。私が当地の会社と佐賀の地への感謝を述べ、私が貢献出来たこと、今後の転勤先のことなどをお話しました。係長以上の参加者の皆さんが、私を送る言葉を話して下さると言う、至極真っ当な送別会でした。

今更遅いのですが、最後になってやっと皆さんとフランクにお話出来たように思います。

でも裏から見ると、佐賀の皆さんから見ると如何に私が異質で過激で、ストレスの素になっていたかと言うことです。私が去ることになって皆さんはホッとして、フランクにお話してくれたと言うことだと思います。

恐らくそれが私に対する皆さんの本心であり、それに気が付かなかったと言うべきか、気が付いても私のスタンスは変えられなかったであろうと思うので致し方なかったと言うべきか、迷うところです。何れにしても、私は何時でも何処でも、その場に交わって同化することの出来ない、異質で因業な存在なんだなぁと再確認しました。

二次会には参加せず、直ぐに帰って寝ました。お終い。

2011年10月 7日 (金)

思い出深い家財を同僚に引き取ってもらう日々、ジョイパークテニススクール備忘録

本日6日(木)朝、佐賀を離れると不要になる家財道具を、携帯電話の写真画像で同僚にご紹介し、全てお買い上げ頂くことが出来ました。

アメリカで購入してきたパブリックスクール用の丈夫なスクールデスク(座るところが赤色)が、6歳のお子さんが居られて未だ学習机を購入していない、当社の社員に喜んでお買い上げ頂くことになりました。IH調理台も、食卓で鍋物をする習慣のある社員の方に、即決でご購入頂きました。バイブマッサージ機も直ぐに売れました。壁掛け時計も売れました。天井の蛍光灯も売れました。

因みに、社内での販売価格は、当初の購入価格の1割程度ですから、そりゃお買い得ですよね。

Aa1

アメリカの学校では必ずこうした形状の、机と椅子が一体になった頑強なものが使用されます。組み立て式ではなく、鉄パイプはすべてガッチリ溶接されています。私はこの合理主義に感動して、アメリカに居る時に購入したのですが、日本の生活で、実際に使う機会が無いのは明らかなので、泣く泣く手放すことにしました。

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まあ、同僚に無料で差し上げたのではなく、買ってもらった訳です。従って、単なる経済活動であり感情表現の混じった感想を言うのはキレイ事です。

しかしながら、私が佐賀での単身赴任生活のために購入した家財が、佐賀在住の方に引き続き使ってもらえるのは、単純に嬉しいです。私は物品に霊魂を感じるタイプのようです(人間嫌いの証拠ですね)。

再び、ジョイパークテニススクールで指導を受けた、重要ポイントを記録させて頂きます。

①ボレーは、一歩目(右ボレーなら右足、左ボレーなら左足)の踏み込みで、充分にボールヒット場所に近付くのが必須要件。その後、二歩目を踏み出し、足が着地する前にボールをヒットし、ヒットした後に足で着地するのが、最も省エネで、フォームのキレイなボレーとなる。

②ネット近くにポロリと落ちた球に対しては、冷静に、ややスライス気味の球種で相手コートの鋭角ネット際に緩い球で返球したり、同様のヒッティングフォームでありながら、スライス気味の球種で、相手コートセンターにやや速い球で返球するのが良い。そのコツは、左半身を後方に捌いて、右半身を自由に力まずに使えるような自由度を維持することである。又、鋭角・センターへの返球共に、右半身で押し出すようにヒットすれば(=手先で打つのは厳禁)、打ち損ねの可能性はゼロに近い。

③サービスの安定度を上げるコツは、打つ瞬間に体が真っ直ぐになっている程度の安定感のある位置で球をヒットすること。前傾が必要であれば体全体で角度を調節し、腕の曲げや腰の曲げで調整しないこと。何故なら、それらは力みの原因となってサービスの安定度が落ちるから。我々はプロ選手ではないので、力んだフォームでサーブを打つと、安定度が下がるので止めた方が良い。体幹の中心軸が真っ直ぐな状態を維持して球をヒットするのがコツ。

今日はこれでお終い。

2011年10月 6日 (木)

久しぶりの関東出張。ジョイパークテニススクールの皆さんと明月館肉上手に行くことが決定。

3日(月)~5日(水)は、随分久しぶりに関東に出張しました。10/1付辞令で私は東京本社の所属になったので、東京本社での挨拶のため・東京本社で自分の新しいミッションの説明をお聞きするため・当座2ヶ月の滞在先になる茨城県で、現地で進行中のプロジェクトの概要をお聞きするためです。

羽田から茨城までは、とっても遠かったです。3日(月)は移動だけだったので、翌朝4日(火)は5時に起きて、明るくなってから土浦駅の周辺を1時間強、散歩しました。2000年代前半まで、首都圏への通勤者のベッドタウンとしてそこそこ人気があったものの、その後の更なる東京への居住者集中により、ベッドタウンとしての住宅地開発はパタッと止まってしまった街、という印象を受けました。これから寂れて行くであろう街独特の、ドヨ~ンと滞留した空気を感じます。

首都圏への通勤のためという目的のために住む場所を決めて、その後、通勤のためにはもっと便利な場所があることを判っても、敢えて引っ越しはせず、最初に住むと決めた場所に住み着いてしまうのは、あまり合理的な考え方とは言えないと思いますが、大多数の普通の人々はそのように人生を送るようです。

土浦の住民構成は、サラリーマンと原住民のミックスのようです。又、古い車に異様な改造を施し、下衆な音を立ててすごいスピードで一般道を走り回る、所謂「暴走族」のような者達が多少居るようです。これらの者達のモラルは相当に低そうなので、殺されないように注意する必要があります。土浦での勤務は当座2ヶ月と終わりが決められており、その後は東京勤務になることがハッキリしたので、土浦では淡々と過ごそうと思います。土浦での仮住まいとなる独身寮は、霞ケ浦のヨットハーバーの隣でした。中々快適そうです。

1年強、訪れたことのない東京本社に行きました。12月からは私の勤務地になります。久しぶりに挨拶に回ると、顔見知りがみんな老けていたので衝撃を受けました。玉手箱を開けたのではないかと思いました。でも間違いなく、自分も衝撃的に老けているのだろうと思います。特に私は若いころ、Brian Ferryのような変な髪型だったので、GIカットで丸顔になった今では、別人のように見えるだろうと思います。

今回の出張で、飛行機・電車に乗りまくりましたが、特にパニック症状は出なかったのでホッとしました。

8日20:00から、ジョイパークテニススクールの皆さんと一緒に、佐賀一番の焼肉屋さんと言われる「明月館 肉上手」で食事をすることになりました。http://r.tabelog.com/saga/A4101/A410101/41000278/

私の送別会も兼ねているそうで、実に恐縮しています。合計8名の方が参加されるそうで、私のことを「全く人望の無い欠陥人間」と呼ぶ妻には、多少見解を変更して頂きたいように思います(第3者的に見ると全くご指摘の通りですが)。奇跡的な肉が食べられる店だそうなので、今からお腹を空かせておこうと思います。

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将に「今、一番セクシーな肉」「今一番寝てみたい肉」と言う感じです。佐賀では肉欲とは一切関わりの無い生活をして来ましたが、最後に肉欲に溺れることが出来そうです。お終い。

2011年10月 2日 (日)

何時ものメニューで過ごす佐賀の残り2つ目の週末

本日2日(日)は早く目が覚めたので、8:00から筑後川昇開橋目指して自転車で出発し、佐賀空港で一休みして戻って来ました。3時間強の自転車トレーニングです。涼しくなって来たので、走り回っている内に、体のあちこちが痛くなります。

Chikugo

帰宅後、シャワーを浴びてから、床屋さんにヘアカットに出掛けました。スキンヘッドを伸ばし始めて2週間経って、単なる伸びた坊主頭になったので、サラリーマンとしてヘアスタイルが無いのはイカンだろうと判断してのことです。出来上がりは、このヘアスタイルです(モデルさんは、私ではありません)。要するにGIカットと言われる、米軍兵士の現場用の髪型です。まあ、ホワイトカラーの髪型ではありませんね。でも、中々キレイに出来たので気に入っています。こりゃ、2週間に1回は必ず床屋さんに行かないとヘアスタイルを維持出来ませんな。

Gi

床屋から帰ってから、午後は、本棚の本を引っ越し段ボール箱に詰め込みました。佐賀の1年間で相当沢山の本を捨てたので、山梨から当地に来る時の半分位になりました。

本棚をやっつけたので、3時頃からあおきの湯に行きました。

Aoki

Aoki2

この1年間で、近隣の、熊の川湯、古湯温泉、市営やまびこの湯、牛津のアイル等々に相当の回数通いました。この地域はヌルヌルの重曹系の温泉ばかりで、それはそれで良かったのですが、この久留米にある硫黄泉のあおき温泉を温泉を知ってしまった後は、あおき温泉以外は「どけ!」と言う感じになってしまいました。矢張り私は、生まれ育った神奈川県にあって、子供の頃から慣れ親しんだ箱根の硫黄温泉が最高に好きらしく、硫黄温泉と比較すると他のどの種類の温泉も私には肌に合いません。この点、私も子供の頃の刷り込みから抜け出せない、畜生だと思います。

1時間程、ゆっくり硫黄臭を楽しんだ後、兵庫町の佐賀ぽかぽか温泉の隣にある整骨院「くすのき」で針とマッサージの治療を受けました。最近、涼しくなってきたせいで、自転車に乗った後は必ず肩と腰が痛いので、肩は針でツボを刺激し、腰は力技のマッサージで筋の塊を壊してもらいます。思わずうめき声が出ます。思いぞんぶん虐めて貰った後、スーパーモリナガに280円弁当と140円サラダを買いに行きました。280円で豆腐天ぷらと焼き鯖の入ったお弁当と言うのは偉大だと思います。美味でした。明日朝食用の菓子パンを幾つか買い入れで帰宅しました。

帰宅後、引き続きいくつか雑貨を段ボール箱に入れたら、もう半分位は終了した気分になりました。ヤッパリ、毎年引っ越ししていると手際が良くなるし、今回は随分と努力して、要らない本や洋服も大胆に捨てましたので、荷造りが楽になりました。あとは来週末にやっつけようと思います。

明日から水曜日まで、佐賀発の羽田便の往復で、筑波と東京に出張です。久しぶりの大都会で電車に乗りまくるので、緊張しています。何とか早く寝て、断酒して、良い健康状態でミーティングに臨みたいと存じます。

佐賀のジョイパークテニススクール、ベッド譲渡、会社で一寸仕事、自転車、マッサージの日

10月1日(土)は10:00からジョイパークテニスのレッスンを受けました。生徒は私を入れて5名で、付属中学の校長先生(元バレーボールの選手で、高齢なのに異様に力強い)も居ました。

以下は本日のジョイパークのレッスンで私が気が付いた、習得ポイントです。

Joy1 Joy2 Joy3

①ボレードリルでファーストボレーをミスする原因の殆どは、2歩の踏み込みが中途半端で、手先で捏ねようとしている時に起きる。きちんと2歩踏み込んで、体の前でヒットすること。

②相手にファインセーブでボレーリターンを決められても「そのコースに打ち込んでは駄目だ。」と直ぐに思い込まないこと。偶々、相手がファインセーブを出来たパターンかも知れない。相手ボレーヤー2人に対して、雁行陣の当方チームが狙うのは、

・常にネット際低め(返球は必ず当方のネット際)

・ボレーヤー二人の中央、或いは相手のバックハイボレー(返球のコースを予想して構えること)

・自分にとって自信を持ってフルパワーでハードヒット出来るコース全て

である。

③ボレーのタイミングは「1歩踏み込み、ボールをヒット、2歩目で着地」で良い。すると、体の移動パワーをボールヒットの推進力に使うことが出来る。先に2歩目を着地してからヒットすると、腕の力でボールを押し込むもとになってしまう。

2時限目のレッスンは、お腹が空いたので次回に振り替えすることに方針変更して、南部バイパス本庄町袋近くの「焼肉の森山」で720円焼肉定食を食しました。あと何回、このメニューを食べられるか不明ですが、別れるには惜しい高品質です。ハンバーグカレー定食も先週食しましたが、期待外れでした。矢張り、森山では野菜炒めタップリの「焼肉定食」です。

Moriyama

アパートに帰宅後、隣室のご夫婦に私のダブルベットをお譲りしました。マットレスが重くてグニャグニャしていて、運ぶのに難渋しましたが、何とか事故もなく移設が完了しました。ご夫婦(保育園の男の子と女の子の赤ちゃんの居るご夫婦)は喜んで下さいました。若い世代のご夫婦を見ると気持ちが明るくなります。活気を以て人生を切り開いて行って貰いたいと思いました。今日から私は筑波独身寮に備え、布団で寝る予定です。

会社に一寸仕事をしにいった後、自転車で2時間程トレーニングしました。急に寒くなったので、背中が硬く凝ってしまったので、帰宅後、シャワーをして、ジョイフルで焼き鯖定食を美味しく頂いた後、マッサージと針治療に行きました。

Joyful_yakisaba

新しい鍼灸師の女性だったので、肩への針は一寸緊張しましたが、問題なく終わりました。腰は専らマッサージで集中攻撃をして貰い、強く揉みほぐして貰いました。

帰宅後は、久しぶりに週刊文春の新刊を読もうかと思いましたが、疲れたのでもう寝ます。お終い。

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